2015年03月04日

「幕が上がる」のクチコミマーケティング、その後

先週、「映画「幕が上がる」はクチコミマーケティングの転換点になるか?」という記事をアップしたところ、週明けからたくさんのアクセスを頂きました。普段細々と分析の話題などを記しているブログですので、こんなに反響があると戸惑ってしまいます。また、その流れ弾だと思いますが、一個前の記事「代表戦で盛り上がる層をJリーグに取り込むのは難しい」にも結構アクセス頂いています。広がり方が面白いですね。

そういうわけで、先週の段階では公開前でした映画「幕が上がる」について、前代未聞の大規模クチコミマーケティングということを記しましたので、これは折角ですから公開日の週末に劇場に行ってみようと思い、作品を鑑賞してきました。

作品は素晴らしいものでした。なんでしょう、ここはデータ分析のことをずっと書いているブログですので、心情や情景、感動など、そういうことに触れるのはこそばゆいのですけれど、なんというか、今のご時世にこういう映画って撮れるのですね。私や同じ団塊ジュニアの世代が10代の時に観た映画、1980年代の映画、角川映画とか大林宣彦監督の全盛期、そんなにおいがします。映画が娯楽の王様だったのはもう少し昔ですが、80年代はまだその雰囲気残っていましたよね。本広克行監督と言えば「あの『踊る大捜査線』の」と語られることが多いと思いますが、あれを想像すると面食らいます(もちろん、踊るシリーズはその楽しさがあります)。また、原作とは微妙に構造が違うのですが、緊張感を保ったままのところも、原作から入った人に優しいですね。さすがの脚本家は「桐島、部活やめるってよ」の喜安さん。最強のクリエイター達が、素晴らしい俳優陣と美しいロケ地とを掛け合わせて作り上げた傑作、そんな気がします。

と、作品の話題はこのくらいにして、一応データ分析の専門家ですから、クチコミマーケティングに関係した話題を。

実は、私が劇場に観に行った回は満席ではありませんでした。事前にあれだけクチコミマーケティングしているし、主演女優であるアイドルグループには熱烈なファンが多いということで、満席で入れないかもしれないと思って出掛けたのですが、拍子抜けです。最近子供と妖怪ウォッチを観に行った際、早朝にもかかわらずびっしり満席だったのとは対照的です。ちょっと調べると、アニメなど違って実写邦画は満席になることはほとんど無いそうです。ですから、いくら熱烈なファンが多数いるとは言え、映画館を満席にするというのは非常に難しいのですね。また、先週の興行収入で言っても4,5位とのことで、それでも初週1億円超えですからヒットにはなっているのですけれど、1位(アメリカンスナイパーなど)には及ばなかった。初動では熱烈なファン×クチコミマーケティングでもマスマーケティングには敵わないのかも、という仮説が思い浮かびます。

そこで、原因となりそうなところを想像します。
1. やはりクチコミマーケティングは効果が薄い。もしくは、初週動員には効果が間に合わない。
2. 熱烈なファンはほとんどが既に試写会等で観てしまい、初週には来なかった。
3. 一般層に全く刺さらなかった。一般層を動かすだけの効用が事前マーケティングで示せなかった。
他にもいろいろあると思いますが、今思いつくのはこのくらい。

まず1について。
クチコミマーケティングをあれだけ大規模に導入していたのですが、やはりマス広告には敵わなかった、という一番面白くない可能性を、やはり検討しなければなりません。一方で、火を付けて回っていたのはもっぱら地方都市ですから、大都市圏とそれ以外とでわけて考える必要もあるかもしれません。データ分析をしていて一番失敗する例が、部分で全体を想像してしまうという事態で、次によく見誤るのが、全体トレンドを見て局所もそれと同じだと思ってしまうことです。ここはやはり個別の地方でどうなっているか確認すべきですね。例えば、舞台挨拶をした地域としていない地域での初週動員の差が有意かどうかなど。
また、初週動員には効果が無いが今後増える可能性を考慮すべきです。初週動員で将来の推移を予測する手法は、マスマーケティングの効果を予測するには適した方法でしたが、今回はこれまでのマーケティングと全く異なりますから、同じモデルで予測できるような気がしていません。もしかしたらその影響を考慮して、つまり、制作側は動員予測をもともとロングランに置いていて、そのために初週上映館数をあえて絞ったのかもしれませんね。同時期に上映される「くちびるに歌を」がよい比較対象だと思いますが、上映館数はこちらにくらべて2/3程度しかありません。ちなみにこちらも原作から読んでいましたが、いい映画でした。

次に2について。
こちらの仮説はさらにつっこんで、熱烈なファンは何度映画を見るのか、というモデルを検討するべきでしょう。もし一回観れば満足なのであれば、多く試写会を実施すればそれだけ初週動員数が減ります。(但し、初週動員数の発表には前倒し分が含まれるようですので、あくまでも実際の来館者が減る、ということになります。)ここで、例えばテレビの広告接触を予測する際には、のべ何回接触というだけではなく、その分布形を検討する、つまり、少ない人数にたくさん刺さったのか、多い人数に少しずつ刺さったのかで、広告の影響が変化するのですが、それと同じモデルで、多くの人が一回だけ見るのか、少ない人が何回も見るのかを分布にして表現してあげるとよいでしょう。
すると、初週動員の前に試写会をかなりたくさん実施しているということは、もし来館回数モデルが1回の側に大きく偏っている、つまりほとんどの人は(熱烈なファンであっても)一回しか観ないという場合、初週動員に占めるファンの割合は大きく下がります。
ゼロ回来館、つまりファンだけでなく観に行かないという一般層もあわせて、広告接触モデルと同じフレームで来館回数モデルを作るのは面白そうですね。分布の偏りと、その地域での試写会の有無や、上映館付近の人口分布などを合わせると面白いかもしれません。

最後に3について。
クチコミマーケティングはクチコミが流入するルートと、それを受け入れる側の受け入れ姿勢がなければ伝わりません。今回は地方メディアや専門家というルートが数多く作られましたが、そこから一般層にどのように刺さって、どのように態度変容させたかを検討する必要があります。ここで重要になるのが、クチコミマーケティングでよく言われる、「二方向からの流入」です。これは、複数の人から同じ商品を勧められると、態度変容の確率が大きく上昇する、という現象を指していますが、複数の人の定義が難しい。これは単に複数の人という意味ではなくて、価値観の異なる複数のルートから、というメカニズムだろうと考えています。逆に言えば、同じ価値観のルートで何人から勧められてもそれは一つの方向でしかない。つまり、熱烈なファンの何十人から勧められたとしてもそれは単一の方向でしかなく、態度変容には至らないという仮説です。
ここで、初週動員に向けて一般層を態度変容させるには、その映画は自分が観に行く価値がある(時間とお金を使うに値する)と思わせなければなりませんが、価値があるかどうかは映画を観なければわからないというジレンマがあります。一般層はその映画の関係者に特段の思い入れのない層のことですから、映画のスペックではまったく心を動かされない(むしろネガティブでさえあることも)。そこで、価値があるかどうかは前評判に頼ることになる。しかし、今回の作品では事前の試写会がほとんど全て熱烈なファンで占められていた、しかもそれが非常に多かった、ということで、前評判がほぼ熱烈なファンの評価で埋め尽くされてしまった。ここに一般層が動かなかった理由がある気がします。
もし試写会が普通の映画と同じく少数を対象に行われていたとしたら、熱烈なファンも一定割合でいたでしょうけれど、それ以外の人や招待客などの声も全体に占める割合が幾分かあったかもしれません。しかし、今回はそれらがかき消されるくらい多くのファンの声で埋まってしまった、そういう可能性が考えられます。もちろん、全くの仮説ですから、検証はデータを見なければわかりませんけれど。

ということで、三つの可能性について検討しましたけれど、ではこれが今後どうなるのか。本作品はこのまま飛ばずに終わってしまうのか。

私は上を書いていて一つの可能性があると思いました。ただそれがどのように展開するかは細かいデータを見ていないのでなんとも言えないのですが、ここからは与太話として。

3で書きました、当該商品になにも事前の思い入れのない人を振り向かせる、つまり、その商品に時間とお金を使う価値があるとわかってもらうには、複数の異なる価値観の層から勧められる必要がある。で、初週ではそれが「主演アイドルの熱烈なファン」という単一の価値観からのみのレコメンドだったために、一般層は振り向かなかった。
しかしここで、ネットのクチコミを観察してみると、他に二つの別の価値観のクラスタが存在感を増してきています。一つはもうかなり大きくなっている「演劇クラスタ」。演劇界の中心的人物がことごとく本作品を高い評価で推薦しているので、その波が演劇界全体に広がりつつあります。また、そこに繋がっている、過去に演劇をやっていた人や、さらにその関係者に至る、様々なローカルの演劇クラスタ全体に波及している様子が見えます。これは原作が演劇界の重鎮、平田オリザ氏ですから、ああ確かに、と思える動向です。
もう一つ、これは全く予想していなかったクラスタが反応しています。ただ、これは外したら非難囂々になりそうなので言いません。でも、ちょくちょく飛び込んでくるキーワードがあります。ぜひ想像してみてください。
いずれにしても、少なくとも「アイドルファン」と「演劇」という二つのクラスタで発火すると、そこから先は芋づる式に発火の連鎖が始まる可能性があります。あまり言い過ぎると、発火しなかったときに腹を切らなければなりませんので言いませんが、これまでのマーケティングと違うということだけは確かなようです。



posted by jinya at 21:30| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
1点気になったのですが、マーケティングとはその商品を売るために行うだけでしょうか?
最近メンテナンスで話題になったSONYのAIBOや昔のHONDAのF1などは企業イメージの戦略として考えるものだと思います。
そういう視点からこの映画を捉えると、本当にHITしなければいけないと思っているのか?という疑問が出てきます。
あまり盛り上がりの無い平田オリザさんの原作で演技の未知数の「アイドル」のももクロが映画を撮るわけです。本広監督も言っているようにHITしない可能性が高いというか、HITすると思って作るのはバカでしょう。
ももクロのファンが多いとしても映画のHITの基準に達しているとは思えません。それがわかっているので普通のアイドル映画はそのアイドルのファンだけが喜べればいいように作られます。
となると、この映画は別の目的(映画自体がアイドルの宣伝)があるのではと思えてきます。
例えば、アイドルは活動期間が短いので、長く活躍するためにはTVドラマや映画などに進出する必要があるでしょう。その際、きちんとした映画に出て演技をしている実績は名刺代わりになります。
また、本広監督は映画監督を続けようか悩み、平田オリザの演劇に関心を持った人ですので、映画監督としての評価(売れ線だけじゃない作品も作れる)を考えると純文学的な作品を好きなように取れるなら渡りに船だと思います。
平田オリザさんは、ももクロが演じることでももクロファンが演劇に興味を持つこと狙っているようです。
地方の映画館の挨拶回りも、アイドルのももクロが顔見世を行う機会と考えれば今後の集客に結び付きます。

他にも目的は考えられますが、この映画のマーケティングを考える時、どうも映画単体でのHITを目指しているのではなく、今後の活動につながる内容を重視し、損をしなければいいと思っているのではないかと感じられます。
だからアイドルなのにこんな映画を撮ったと考えられます。

映画自体をマーケティング手法として分析するというのはどうでしょうかね。
Posted by at 2015年03月06日 10:47
記事の更新ありがとうございます。
今後の推移、クラスタの行方、、、
どうなるのでしょう。
第三のクラスタが非常に気になります。
Posted by at 2015年03月06日 17:47
ももいろクローバーZの名前は
聞いた事はあっても

出演されてる個人の名前や顔
の認知度が
一般人への興味を引く度合いに
影響してると自分は思います。

同時期に公開された映画と比較すると




Posted by at 2015年03月06日 19:43
幕が上がるマーケティングの考察、とても面白く読ませてもらいました。
私はももクロファンで、昨年末の映画公開決定発表から徐々に始まった映画宣伝のほとんどを見ていました。
それで感じた感想を書かせていただきます。

中村さんも書かれているように、これまでにない宣伝方法は、本広監督とはじめとした映画配給側の新しい挑戦と感じていました。

と、同時に悪い意味での実験である様にも感じました。
広告業界にある、「これをすればヒットする」という定石のなかで、迷信的でウラの取れていない複数の手法をあえて宣伝に盛り込み、その費用対効果を確認する実験材料として、「幕が上がる」が使われているように感じています。
「幕が上がる」がヒットすれば、先見の明があったと言われるでしょうが、あまりうまくいっているようには見えないです。

SNSでの口コミ効果についても予想より悪い結果になっているのではないかと思います。
「舞台関係者」のクラスタの方の効果はわかりませんが、少なくても「ももクロファン」から発信される口コミ効果は良く働いていないように感じます。
ファンからの口コミの件数自体は、全国舞台挨拶行脚を始めとしたファン向けの宣伝活動によってとても多いと思いますが、口コミを受け止める側はその口コミに心理的なフィルターを掛けると思います。「ファンはももクロが出てればなんでもイイのでしょ?」というフィルターです。
口コミは意外なところから来たものほど、関心が高く受け止められやすいですが、意外でも何でもないところからきた口コミは逆効果さえ生みます。
その意味で「舞台関係者」クラスタからの評判ほど、「ももクロファン」からの口コミは参考になっていないと感じました。
複数のベクトルからの口コミで信用度を高めるには、上記2つのクラスタだけでは芋づる的な効果は出にくいと思います。

中村さんが見つけた第三のクラスタが何なのかすごく興味がそそられます。
その第三のクラスタからの口コミが大ヒットに繋がる加速装置になると期待しています。
教育関係者かな?と思いましたが、それでは普通すぎて意外性がないですし、外しても非難されるようなジャンルではないですね。
意外性という意味では百合的なジャンルでしょうか。私はそっち系のコメントはまだ見てませんが。

これはあくまで個人的な意見で「ももクロファン」の大多数の意見とかでは全くないので、その点はご了承ください。
長文失礼しました。
Posted by KZ at 2015年03月08日 21:56
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