2017年09月27日

Googleの誕生日を祝う

今日、2017年9月27日はGoogleの19歳の誕生日だそうです。もう19年も経ったのですね。

Googleの誕生前後は私は大学院生で、大学の計算機室に置いてあるUNIXだったかマッキントッシュだったかを使って「Googleの検索結果が凄い!」と盛り上がった記憶があります。

Google以前、1995年頃はまだ検索サービスというものは無くて、手動で集めて分類されたインデックスサービスがメインでした。海外だとYahoo!、日本だとCSJインデックスをよく使っていた記憶があります。分類されたディレクトリを一つずつ辿っていって、望ましいリンクを見つけて飛ぶ、というもので、辞書で文字を引くのに似ていました。もちろん、インデックスに載っていないサイトにはたどり着けず、有用だけれどメジャーじゃないなURLは人づてに伝達されていました。

日本のインデックスサービスの検索はディレクトリに整理された情報しか出てこなかったのに対し、Yahoo!はディレクトリに整理された情報だけでなく、沢山のインターネット上のウェブサイトを自動的に集めてきて、それを引っかけてくれた点で、画期的だったと思います。おそらくちょうどその頃、Windows95が発売され、パソコンをインターネットに繋ぐことのハードルが一気に下がった時期でしたので、ウェブサイトが飛躍的に増加した時期でもあったと思います。それより以前にはそもそもインターネット上に情報が無く、ほとんどのウェブサイトは大学のサイトだったものが、95年頃から企業がインターネットに顔を出してくるようになりました。

そんなYahoo!の検索は、今までなら絶対にたどり着けなかった情報にたどり着けるようになったという点で素晴らしかったのですが、検索結果はまだまだユーザーフレンドリーではなく、玉石混淆というか、何でもかんでも引っかかって、それが無造作に並べられていたため、目的の情報にたどり着くにはかなりのテクニックを要する状況。そして、96年、97年とインターネットの一般普及に従ってサイト数が爆発的に増加し、Yahoo!での検索が困難になっていきます。

Googleの噂がきこえてきたのはそんな頃だったと思います。スタンフォードになにか凄い検索があるらしい、という触れ込みでURLが伝わってきて、検索をしてみると、まさに「I'm feeling lucky」な検索結果が返ってきたことを憶えています。1997年だったと思っていたのですが、創立は1998年ということで、どこかで記憶が一年飛んでしまったようです。I'm feeling luckyのボタンはその当時からありました。

1998年11月のGoogleトップページを、internet archiveで見ることができます。このトップページのシンプルさも当時画期的でした。Yahoo!もCSJもイエローページも、トップはディレクトリでごちゃごちゃしていたのに対し、Googleは検索窓一つ。全てを検索窓からという思想は既にこのときにあったんですね。

Pagerankの論文も当時触れた記憶があります。最新の数学が一般社会に役立つことはあまりなく、当時は暗号理論に整数論が使われてホットだったくらいでしたが、pagerankの論文は簡単な線形代数でありつつも、目の前でその理論が新しいサービスに結びついて展開されたのは非常にインパクトがありました。

そんな頃からもう19年経ったというのは感慨深いですね。いまや世界中の情報がGoogleにあつまり、Googleを通って世界が動いています。50年前にフレドリック・ブラウンやアイザック・アシモフが預言した世界に一歩ずつ近づいていっている気がしますね。

Answer (Fredric Brown)

The Last Question (Isaac Asimov)

Analyisis of "The Last Question" by Isaac Asimov and "Answer" by Fredric Brown


ちなみに。

フレドリック・ブラウンの「Answer」、実はずっと探し続けていた本でした。おそらく小学生の頃に読んで、そのシーンがすごく印象に残っていたのですが、googleのことを考えるといつもこの話が思い浮かびます。ただ、誰の何という小説だったかさっぱり憶えていませんでした。

科学者は世界中のコンピューターを繋いで、聞いた。
「神はいるか」
「Yes, 今こそ神は存在する」


今回googleのことを書くにあたって、これまで曖昧だった記憶を辿って、そして「Google」の能力を駆使して(!)やっと探し当てました。大人になるまでずっと、このコンピューターってのは2001年宇宙の旅に出てくるHALだと思っていたのですが、大人になってから映画を見直してみてもどこにもそんなシーンが存在しない。星新一のショートショートだったかなとおもって調べても、似ているけれど違う。(「神」という作品があります。)しかし、これを世界中のテキストの中から探し出すことを可能にしたgoogleという仕組みは素晴らしいですね。今は当たり前に存在していますけれど、20年前にはまったくあり得ませんでした。その意味で、確かに「神」は私達の手の中に存在しているのかもしれません。


posted by jinya at 18:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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