2015年09月30日

数式を入れるテスト

数式を入れてみる
\begin{eqnarray}
\sum_{i=1}^n a_i = x
\end{eqnarray}


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2015年08月20日

棚が動くのか!

アマゾンの新しい物流システム、ピックアップを機械化して作業効率アップ、と聞いて、ピックアップの機械が導入されたのだなと勝手に勘違いしていましたが、違っていました。先日(2015/8/7)の日経MJ、「物流インサイドリポート」にその写真が載っていました。

なんと、棚が動くんですね。なるほど。ピックアップする機械は昔からありましたけれど、どれもあまり効果的な仕組みじゃないような気がしていました。なにより機械が複雑になりすぎて、これはメンテが大変だろうと。アマゾンはそれをどうやって克服したんだろうと思っていたのですが、こういうことだったんですね。この方法ならたいして複雑な機械を導入せず、動かし方の効率化はソフトウェアでいくらでも追求できそう。

同じく日経MJ2015/8/5号、「レジ待ち時間半分に」も同じ視点。スーパーのレジ列の効率化は様々に考えられてきましたけれど、なるほどそこで分けるのか、と。セルフレジはいろいろ問題がありそうで、自分でもやったことありますけれど、慣れないと操作が難しい。そのセルフレジと、通常のレジの中間、セミセルフレジは、商品の確定までは店員さんがやって、支払いはお客さんがやる。支払いだけならこれまでもATMとか自販機とか、最近は病院でも無人の支払機がありますし、いろいろな場面でお客さんの側に経験があるので、これなら対応できそうです。しかも、支払い方法が自由に選べれば、クレジットカードなどの(多少)時間のかかる方法で支払いたい場合でも後の方の視線を気にすることなく操作できます。これはいい。

世の中相当便利になってきていると思っていましたけれど、アイデア次第でまだまだ面白いことができそうですね。半分だけ、がキーワードになりそうです。
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2015年07月04日

「幸せ」低下の原因は?

6/27にNHK総合で放送された「データなび 世界の明日を読む」、面白い番組でした。最寄り駅別統計にJPSさんのMarket Platformが使われているとのことを事前にお伺いしていましたので、録画視聴です。子供と一緒に見ていまして、「駅周辺に住む0〜9歳人口」のトップはどこ?との問いに、私は東京の周辺、江戸川区とか川崎市などじゃないかなと言ったところ、子供が「沖縄!」とのこと。なんで?と聞くと、「ゆいレールがあるから」と、よくわからない返事をしていましたが、果たして結果は沖縄、ゆいレールの古島駅とのこと。なんだかわからないけどすごい!どうも沖縄県の出生率が高いということは社会で習っていたようで、なかなか興味深い推理でした。東京周辺は西葛西がトップということで、納得。首都圏子育て世代にとっては、江戸川区は夢の街です。

また、人口が多いのに商店のない古虎渓駅の話はいろいろ考えさせられます。理由は、少し離れたところにできた大型スーパーで、住民がみんなそちらで買い物するようになったので、商店が撤退してしまったとのこと。これは今日本の至る所で起きている問題です。安いから、きれいだから、便利だからと遠くの新しい大型ショッピングモールにばかりお金を落としていると、近所の商店はどんどん無くなります。若くて、車を運転できる間はそれでもいいでしょうけれど、歳を取って車の運転ができなくなってからのことを考えて、今のうちから地元消費を増やしておくことが必要だと思います。

と、前半は地図系のデータの可視化とそれを読み解く話題。後半は変わって、「幸せ」を読み解く集計。この中で、ちょっと気になったデータが出てきまして、そちらを。

調査は、自分の幸せ度を0〜10の11段階(10=とても幸せ)で評価するもの。この形が、5と8にふたつの山ができるというもの。これを経年で実施しているのですけれど、全体ではH23〜H25で度数分布はほとんど変わらず。(もとの「内閣府 生活の質に関する調査」も確認しましたが、ほぼ同じのようです。)

その後、国差、男女差などを紹介した後、気になった箇所。

福岡県30代女性の分布が大きく変化しており、その結果平均点も1点ほど下落しているというもの。11点評価で0.8点の下落というのは相当大きく、よほど重大な何かがあったと考えるのが妥当です。番組ではその結果を全国的な変化では無いかということで、女性の貧困、非正規労働の拡大、雇い止めの不安、消費税増税を原因として挙げていらっしゃいます。

この辺で、私のアンテナが警戒モードに。もしかしたら本当にそうなのかもしれませんけれど、このドラスティックな変化は何か別の要因があるのではないか、という気がします。福岡県の県民意識調査をあたってみましたが、詳細なデータが掲載されていないのでよくわかりません。ただ、男女別世代別平均点は掲載されていて(H25p43及びH26p44)、確かにH24-30代女性=7.36, H25-30代女性=7.29で男女別全世代でトップだった平均点が、H26-30代女性=6.49と一気に下落し、20代、40代、50代、70歳以上(それぞれ、H26女性で6.70, 6.79, 6.77, 6.61)の4つに抜かれています。これは何かある。しかも、こんなドラスティックな変化は、これまでの経験上、よほどの大事件か、もしくは「集計ミス」です。

実際、H25からH26で、20代、40代はともに幸福度の平均を上昇させており、女性の貧困や非正規労働の拡大、雇い止めの不安が30代にのみピンポイントで効くとはあまり思えません。また、消費税増税などは全世代に効くはずで、確かに全体平均がわずかに下がっていることの要因をそれに求めることはできるかもしれませんが、それが30代にだけ大々的に効くとも思えません。但し、30代女性にピンポイントで効くトピックとしては子育て絡みの何かはあるかもしれません。出産後再就職ができない、保育園に入れられないなど。この切り口は子供の数別の集計を見ればわかるはずです。が、これだけの理由で、周りの世代の変化にあらがってまで0.8ポイントも落とすとは、やはり思いにくい。

ちなみになぜ福岡県かというと、一番詳しいデータが掲載されていたのが福岡県。内閣府の統計はまだH25までしかでておらず、他県で同様の調査も幸福度を調査しているのは三重、秋田の二県(他にもあるかもしれませんが、見つけられませんでした)、しかしこれらも年代×男女の数値は載っていません。男女別、年代別はありました。ここでもし男性の変化はさほど大きくないと仮定すると(福岡ではそうなっています)、30代女性が大きく動いていれば30代全体もそれなりに動くはずですが、三重も秋田も変化はさほど大きくなく、また20代、40代と同じような動きをしていました(三重では全体的に下がる傾向が見られます。秋田ではそれもあまり見えません。)。つまり、30代男性の仮定の下では、福岡県の30代女性の変化は異常です。

このデータが正常だとすると、よほど30代女性のみに特化した「不幸なこと」が、福岡県のみに発生したことになります。もしそうならば、子育てに関する何かである気がします。

また、もしこのデータが異常だとすると、その発生源はサンプリングと重み付けにあるような気がします。福岡県の本調査のサンプリング及び重み付けは、層化無作為抽出といいつつ結構トリッキーなことをなさっています。地区別の統計を取りたいというのが主理由だと思いますが、県を四つに分け、そこから地点を選び、各地点で同じ数ずつのサンプルを拾って、あとから地区別の人数重みをつけています。さらに、それとは別に性年齢別の数合わせもされているようで、各性年齢セルの人数がおよそ同じになっています。(それでも異なるのは、調査票郵送段階での数合わせサンプリングであり、回収率が50%程度とのことから、性年齢別に回収率が違うと言うことだろうと思います。)というように結構複雑なサンプリングと重み付けがされているので、その段階でサンプリングミス、もしくは重み付けミスがあれば、異常値が出てきやすい状況になっています。(ミスとはいいつつも、それは人為的なというよりは、ある種やむを得ないこと、つまり、回答率と地域差がたまたま相関してしまったとか、たまたま重みの大きい地域で平均点が高かった/低かったなど、複雑な要求仕様に対してサンプル数〜調査費用が足りなかった、というのがよくあるストーリーです。)もう一つ、異常値なんじゃないかなと思う理由に、H25調査結果の暴れっぷりがあります。H25調査のp43に掲載されている、男女別年代別の平均点ですが、女性の方はぎざぎざになっていますね。しかし、前年も翌年もここまでぎざぎざではありません。30代と言っても20代に近い30代もいれば、もうすぐ40代になる30代もいますし、尋ねている内容が「幸福」という柔らかい話題ですから、前後でこんなに大きく上下することはあまりありません。この辺りに、なにか謎が潜んでいるような気がしています。

これ以上は調査結果のローデータをよくよく観察しないとわかりません。もちろん、小さな確率ではありますが、正しいサンプリング、正しい重み付けをしていてもごく希にこのようなことは発生しますから、もしそうなら仕方のないことです。

データの分析をしていると、こんなふうに何かざわざわっとアンテナに引っかかってくる感じが大切です。なにかおかしい、と気になったところを掘ってみて、やっぱり問題ないとなるか、もしくは問題が発見されるか。いずれにしても掘ってみないことにはわかりませんが、ここ掘れワンワンとアンテナが騒ぎ立てなければ掘ることにも思い至らないわけで、この感覚がデータサイエンティストには必要です。経験を積んで沢山のデータと格闘すればどんどん鋭敏になるので、これからの方はぜひ、上のような番組を見るときにはアンテナを高く立てて、なにかおかしいことないかな?と思いながら見たらよいと思います。

以上、ちょっと気になったので考えてみました、という話題でした。
posted by jinya at 03:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月04日

「幕が上がる」のクチコミマーケティング、その後

先週、「映画「幕が上がる」はクチコミマーケティングの転換点になるか?」という記事をアップしたところ、週明けからたくさんのアクセスを頂きました。普段細々と分析の話題などを記しているブログですので、こんなに反響があると戸惑ってしまいます。また、その流れ弾だと思いますが、一個前の記事「代表戦で盛り上がる層をJリーグに取り込むのは難しい」にも結構アクセス頂いています。広がり方が面白いですね。

そういうわけで、先週の段階では公開前でした映画「幕が上がる」について、前代未聞の大規模クチコミマーケティングということを記しましたので、これは折角ですから公開日の週末に劇場に行ってみようと思い、作品を鑑賞してきました。

作品は素晴らしいものでした。なんでしょう、ここはデータ分析のことをずっと書いているブログですので、心情や情景、感動など、そういうことに触れるのはこそばゆいのですけれど、なんというか、今のご時世にこういう映画って撮れるのですね。私や同じ団塊ジュニアの世代が10代の時に観た映画、1980年代の映画、角川映画とか大林宣彦監督の全盛期、そんなにおいがします。映画が娯楽の王様だったのはもう少し昔ですが、80年代はまだその雰囲気残っていましたよね。本広克行監督と言えば「あの『踊る大捜査線』の」と語られることが多いと思いますが、あれを想像すると面食らいます(もちろん、踊るシリーズはその楽しさがあります)。また、原作とは微妙に構造が違うのですが、緊張感を保ったままのところも、原作から入った人に優しいですね。さすがの脚本家は「桐島、部活やめるってよ」の喜安さん。最強のクリエイター達が、素晴らしい俳優陣と美しいロケ地とを掛け合わせて作り上げた傑作、そんな気がします。

と、作品の話題はこのくらいにして、一応データ分析の専門家ですから、クチコミマーケティングに関係した話題を。

実は、私が劇場に観に行った回は満席ではありませんでした。事前にあれだけクチコミマーケティングしているし、主演女優であるアイドルグループには熱烈なファンが多いということで、満席で入れないかもしれないと思って出掛けたのですが、拍子抜けです。最近子供と妖怪ウォッチを観に行った際、早朝にもかかわらずびっしり満席だったのとは対照的です。ちょっと調べると、アニメなど違って実写邦画は満席になることはほとんど無いそうです。ですから、いくら熱烈なファンが多数いるとは言え、映画館を満席にするというのは非常に難しいのですね。また、先週の興行収入で言っても4,5位とのことで、それでも初週1億円超えですからヒットにはなっているのですけれど、1位(アメリカンスナイパーなど)には及ばなかった。初動では熱烈なファン×クチコミマーケティングでもマスマーケティングには敵わないのかも、という仮説が思い浮かびます。

そこで、原因となりそうなところを想像します。
1. やはりクチコミマーケティングは効果が薄い。もしくは、初週動員には効果が間に合わない。
2. 熱烈なファンはほとんどが既に試写会等で観てしまい、初週には来なかった。
3. 一般層に全く刺さらなかった。一般層を動かすだけの効用が事前マーケティングで示せなかった。
他にもいろいろあると思いますが、今思いつくのはこのくらい。

まず1について。
クチコミマーケティングをあれだけ大規模に導入していたのですが、やはりマス広告には敵わなかった、という一番面白くない可能性を、やはり検討しなければなりません。一方で、火を付けて回っていたのはもっぱら地方都市ですから、大都市圏とそれ以外とでわけて考える必要もあるかもしれません。データ分析をしていて一番失敗する例が、部分で全体を想像してしまうという事態で、次によく見誤るのが、全体トレンドを見て局所もそれと同じだと思ってしまうことです。ここはやはり個別の地方でどうなっているか確認すべきですね。例えば、舞台挨拶をした地域としていない地域での初週動員の差が有意かどうかなど。
また、初週動員には効果が無いが今後増える可能性を考慮すべきです。初週動員で将来の推移を予測する手法は、マスマーケティングの効果を予測するには適した方法でしたが、今回はこれまでのマーケティングと全く異なりますから、同じモデルで予測できるような気がしていません。もしかしたらその影響を考慮して、つまり、制作側は動員予測をもともとロングランに置いていて、そのために初週上映館数をあえて絞ったのかもしれませんね。同時期に上映される「くちびるに歌を」がよい比較対象だと思いますが、上映館数はこちらにくらべて2/3程度しかありません。ちなみにこちらも原作から読んでいましたが、いい映画でした。

次に2について。
こちらの仮説はさらにつっこんで、熱烈なファンは何度映画を見るのか、というモデルを検討するべきでしょう。もし一回観れば満足なのであれば、多く試写会を実施すればそれだけ初週動員数が減ります。(但し、初週動員数の発表には前倒し分が含まれるようですので、あくまでも実際の来館者が減る、ということになります。)ここで、例えばテレビの広告接触を予測する際には、のべ何回接触というだけではなく、その分布形を検討する、つまり、少ない人数にたくさん刺さったのか、多い人数に少しずつ刺さったのかで、広告の影響が変化するのですが、それと同じモデルで、多くの人が一回だけ見るのか、少ない人が何回も見るのかを分布にして表現してあげるとよいでしょう。
すると、初週動員の前に試写会をかなりたくさん実施しているということは、もし来館回数モデルが1回の側に大きく偏っている、つまりほとんどの人は(熱烈なファンであっても)一回しか観ないという場合、初週動員に占めるファンの割合は大きく下がります。
ゼロ回来館、つまりファンだけでなく観に行かないという一般層もあわせて、広告接触モデルと同じフレームで来館回数モデルを作るのは面白そうですね。分布の偏りと、その地域での試写会の有無や、上映館付近の人口分布などを合わせると面白いかもしれません。

最後に3について。
クチコミマーケティングはクチコミが流入するルートと、それを受け入れる側の受け入れ姿勢がなければ伝わりません。今回は地方メディアや専門家というルートが数多く作られましたが、そこから一般層にどのように刺さって、どのように態度変容させたかを検討する必要があります。ここで重要になるのが、クチコミマーケティングでよく言われる、「二方向からの流入」です。これは、複数の人から同じ商品を勧められると、態度変容の確率が大きく上昇する、という現象を指していますが、複数の人の定義が難しい。これは単に複数の人という意味ではなくて、価値観の異なる複数のルートから、というメカニズムだろうと考えています。逆に言えば、同じ価値観のルートで何人から勧められてもそれは一つの方向でしかない。つまり、熱烈なファンの何十人から勧められたとしてもそれは単一の方向でしかなく、態度変容には至らないという仮説です。
ここで、初週動員に向けて一般層を態度変容させるには、その映画は自分が観に行く価値がある(時間とお金を使うに値する)と思わせなければなりませんが、価値があるかどうかは映画を観なければわからないというジレンマがあります。一般層はその映画の関係者に特段の思い入れのない層のことですから、映画のスペックではまったく心を動かされない(むしろネガティブでさえあることも)。そこで、価値があるかどうかは前評判に頼ることになる。しかし、今回の作品では事前の試写会がほとんど全て熱烈なファンで占められていた、しかもそれが非常に多かった、ということで、前評判がほぼ熱烈なファンの評価で埋め尽くされてしまった。ここに一般層が動かなかった理由がある気がします。
もし試写会が普通の映画と同じく少数を対象に行われていたとしたら、熱烈なファンも一定割合でいたでしょうけれど、それ以外の人や招待客などの声も全体に占める割合が幾分かあったかもしれません。しかし、今回はそれらがかき消されるくらい多くのファンの声で埋まってしまった、そういう可能性が考えられます。もちろん、全くの仮説ですから、検証はデータを見なければわかりませんけれど。

ということで、三つの可能性について検討しましたけれど、ではこれが今後どうなるのか。本作品はこのまま飛ばずに終わってしまうのか。

私は上を書いていて一つの可能性があると思いました。ただそれがどのように展開するかは細かいデータを見ていないのでなんとも言えないのですが、ここからは与太話として。

3で書きました、当該商品になにも事前の思い入れのない人を振り向かせる、つまり、その商品に時間とお金を使う価値があるとわかってもらうには、複数の異なる価値観の層から勧められる必要がある。で、初週ではそれが「主演アイドルの熱烈なファン」という単一の価値観からのみのレコメンドだったために、一般層は振り向かなかった。
しかしここで、ネットのクチコミを観察してみると、他に二つの別の価値観のクラスタが存在感を増してきています。一つはもうかなり大きくなっている「演劇クラスタ」。演劇界の中心的人物がことごとく本作品を高い評価で推薦しているので、その波が演劇界全体に広がりつつあります。また、そこに繋がっている、過去に演劇をやっていた人や、さらにその関係者に至る、様々なローカルの演劇クラスタ全体に波及している様子が見えます。これは原作が演劇界の重鎮、平田オリザ氏ですから、ああ確かに、と思える動向です。
もう一つ、これは全く予想していなかったクラスタが反応しています。ただ、これは外したら非難囂々になりそうなので言いません。でも、ちょくちょく飛び込んでくるキーワードがあります。ぜひ想像してみてください。
いずれにしても、少なくとも「アイドルファン」と「演劇」という二つのクラスタで発火すると、そこから先は芋づる式に発火の連鎖が始まる可能性があります。あまり言い過ぎると、発火しなかったときに腹を切らなければなりませんので言いませんが、これまでのマーケティングと違うということだけは確かなようです。

posted by jinya at 21:30| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月24日

映画「幕が上がる」はクチコミマーケティングの転換点になるか?

(3/4追記:後日談「「幕が上がる」のクチコミマーケティング、その後」をアップしました。)

2014年は「アナと雪の女王」が一大旋風を巻き起こして、老若男女が大合唱し、その様子がマスメディアを賑わしていました。私の子供達も例に漏れず、まだ幼稚園にも上がらない娘でさえも、寝る前なのに大声で歌い出したり、劇中の振りを真似したり、服や靴を買ってとせがんだり(おかげで頻繁に、全身アナ雪コーディネートのことも)。CDショップや本屋さんに行けばアナ雪の特設コーナーがいまだにありますし、広告やクチコミを日々ウォッチしている分析屋として、映画という大衆娯楽とマス広告との親和性を感じた一年でした。

クチコミデータの分析をしているといつも感じることは、マスメディアがクチコミの原動力になっているということです。しばらく前から世はインターネットの時代で、マスメディアの凋落が喧伝されるようになっていますけれど、ではネットで今何が語られているかと言えば実はそのほとんどがマスメディア発信の情報です。ポータルサイトのニュース、ネットのまとめサイト、ツイッターや掲示板で語られる内容、これらの中で大きいものはどれもマスメディア発信のもので、草の根発の情報は、確実に増えてきていますけれど、まだ少ない。つまりマスメディアの力は健在であり、いきおいマス広告も打ち方さえ間違えなければ確実にパワーを持っています。アナと雪の女王のメガヒットはそのことを裏付けているでしょう。映画という大衆娯楽、数千万人の単位で人を動員する力があるのはマス広告以外にありません。

そんな中、今年は一つ興味深い宣伝活動をしている映画があります。表題にも書きました「幕が上がる」という映画で、2000年頃に一大ブームを巻き起こした「踊る大捜査線」シリーズの監督である本広克行氏がメガホンをとった作品。公開が今週末ですから、今が宣伝活動のピーク、のはずです。

この映画、宣伝方法がかなり変わっていまして、マス広告、特に地上波テレビでの広告が少ない。正確に言うと、テレビ広告に投入されている割合が少ない、というべきか。(3/4追記:テレビ露出は大量にあるじゃないかとのお叱りを頂いていますが、少ないのはあくまでも「テレビ広告」です。確かに露出は多いですね。違いは、その時間をタレントが行動するか、CMフィルムが占有するかの違いだと思います。)広告費の小さい映画でしたらテレビ広告が少なかったり、無かったりすることはよくあるのですが、どうもこの映画は宣伝にお金をかけていないわけではないようで、地上波テレビ以外での露出は積極的に実施しているようです。過去の大ヒット映画では地上波テレビにこそ広告を大量に投入し、いつテレビを見ても「全米が泣いた!」などのナレーションが飛び込んでくるのですが、「幕が上がる」ではその様子がありません。では宣伝をしていないのかと思うとそうでもなくて、マイナーなCSチャンネルでの広告があったり、コンビニエンスストアの店頭に掲載されていたり、駅にポスターが貼ってあったり、挙げ句の果てには主演女優が全国の百館以上ある公開映画館の全てで舞台挨拶を実施するなど、費用対効果があるのか無いのかよくわからない宣伝をやっています。むしろ地上波に広告を打つよりも費用がかかっているのではないかと思うくらいで、直接的な広告よりも、突拍子もないこと、普通ではないことをやって話題を振りまく、つまりクチコミを狙ったマーケティングをしているのではないかと思われます。(地上波も皆無ではなく、番組へのゲスト出演やタイアップ広告はされているようですが、それもこれまでの映画の宣伝とは趣を異にしています。)

CSチャンネルや駅、地方イベントなどの接点は地上波テレビ広告と比べて非常に接点が小さく、一回の露出で数百万人に届くテレビ広告とは比較になりません。CSチャンネルの視聴者は多くても数万人規模、コンビニエンスストアの店頭や駅ポスターは、前を通り過ぎる人を集めれば多いですが、それに気がつく人は少ないでしょう。舞台挨拶も一館の収容人数は多くて500人程度で、それを100館実施しても高々5万人です。これでどこまでマス広告に対抗できるのか。

一方で、興味深い現象も起きているのが、例えばこの舞台挨拶です。舞台挨拶はそのイベントだけをとれば一回数百人への露出に過ぎませんし、参加者が感想をブログやSNSに書き込んで拡散する可能性はありますが、首都圏ならばそれで終わりです。しかしこれが地方都市で実施されたことによって、その様子が地方のテレビや新聞で繰り返しニュースとして取り上げられる事態に発展しています。主演女優が有名なアイドルグループ(ももいろクローバーZ)ですから、アイドルが来県という文脈で話題性があるのでしょう。しかも、そのアイドル達が各所でご当地の名産品を食べたり、名所史跡を回ったりして、地方の視聴者が喜びそうなネタを提供するという念の入れ様で、二重三重に地方メディアのニュース枠奪取の仕掛けが施されています。ここで実は、クチコミマーケティングは局所的に強いクチコミの威力だけでは成立せず、その現象を取り上げて拡げるメディアの存在が重要です(「「流行の波及メカニズム」を研究」(小川孔輔教授のブログより) )。クチコミが大ヒットに繋がるには、局所から中規模メディアへ、中規模メディアからまた多数の局所へ、多数の局所の同時発火から多数の中規模メディアへ、そこから大規模メディアへ、という情報の反芻(「「ソーシャル視聴の研究」(吉田秀雄記念事業財団、途中経過) 岩崎チームが「3つの課題」を設定」(同上)より)が発生することが必要ですから、この宣伝活動はその一歩目、映画館から地方メディアへという流れを発生させ、かつそれを同時多発的に日本中で行っているという、非常にレアなサンプルになっています。

同じことが他の切り口でも起きています。例えば雑誌やラジオ。昨今の雑誌はインターネットにその地位を奪われてじり貧ですが、他方、ガッチリと読者=ファン層を掴んでいる「専門領域」ではまだまだ健在です。彼らのマーケティングはそういった領域にも入り込んでいて、いや、実はそれがマーケティングなのかどうかもわからないのですが、文化人のラジオでの露出、映画専門誌での露出、演劇界での露出が非常に多い。特に演劇界では、原作者が現代口語演劇のパイオニアである平田オリザ氏で、舞台が高校演劇、主人公が演劇部の部長で演出家と、非常に興味深い布陣になっています。ちょっと横道にそれますが、実は私も高校生の時に演劇をやっていたことがあり、原作は読んでいました。ですから、あの名作が映画になる、しかも本広克行というヒットメーカーが監督、となれば、中高生の間に一大演劇部ブームが沸き上がるであろうことはかなり確信しています。当時は部員が集まらなくて難儀していましたので、これは演劇界、特に高校演劇界にとっては大激震です。閑話休題。

ということで、様々な、しかしニッチな世界での盛り上がりですから、ファーストコンタクトの人数は少ないでしょう。しかし、この作品はそれぞれの領域で、それぞれの専門家が大絶賛しています。マスマーケットではそのような専門的でとんがった評価は求められていませんし、そういう訴え方をしても刺さりにくいのですが、対専門家、対有識者には届きます。専門家や有識者もある種のメディアですから、それを別の場で話したりすれば、これも別の切り口での、局所から中規模メディアへ、そこからまた別の局所への流れと見ていいのではないかと思います。

このように、映画「幕が上がる」は王道の地上波テレビという広告枠をあえて外して(全くゼロにはなっていませんが)、ベキ分布のテール=非常にたくさんのローカルで同時多発的に火をつけるという、いわゆるクチコミマーケティングでの「セオリー」を実践しています。しかし、セオリーでありながら、このような宣伝活動は、実はこれまでに例がありません。ちゃんというと、小規模のものならばあるのですが、これだけ大規模に火をつける仕掛けは過去に全く見たことがありません。机上の理論としてはあり得るのですが、規模があまりにも大きすぎて、これまで誰もこの博打に手を出さなかったというのが本当のところだと思います。テレビ広告ならば、投下金額に比例した来場者数はある予測が出来ます。しかし、こんな大規模なクチコミマーケティングが果たして本当に成功するのかどうか、この莫大な費用と体力を掛けた大博打にゴーを出した勇気に拍手を送りたいと思います。もちろん、データサイエンスとしても「幕が上がる」の宣伝プロジェクトは貴重なデータを残してくれるでしょう。ソーシャルネットワークやブログなどでの記事数の推移、クチコミ伝播の様子などを観察すれば、非常に興味深い示唆が得られると思います。

この前代未聞の大規模クチコミマーケティング、その成果が判明するのは今週末です。映画の興行成績は初週の動員成果に強く依存すると言われていますから、この土日の動員数にまずは注目が集まるでしょう。しかし一方で、本作品のマーケティングは「普通」ではありません。例えば数年前に日本アカデミー賞を受賞した「桐島、部活やめるってよ」などはそういったセオリー通りの動員ではなく、細く長くロングラン上映されたように、もしかしたら動員数推移も前例にとらわれず、初週依存ではなく、クチコミでどんどん広がっていくようなケースになるかもしれません。もしそうなれば、映画マーケティングの世界が一変する可能性も秘めている、とまでは言い過ぎかもしれませんが、全く新しい方法論にはなるでしょう。いずれにしても、今週末の動員数に注目したいと思います。
posted by jinya at 16:46| Comment(13) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月01日

代表戦で盛り上がる層をJリーグに取り込むのは難しい

JIMS(日本マーケティングサイエンス学会)年次大会に参加して参りました。毎年様々な分野からの発表を聞くことができるので楽しみにしていますが、今回も興味深い話題がたくさんありました。

そんな中、産業能率大学の小野田先生のご発表が興味深かったので、こちらでご紹介とコメントをしようと思います。(実は、当日ご発表後に質問しようと思っていたのですが、時間が無くなってしまったので。)

小野田先生のご発表、表題は「日本におけるサッカー文化の成熟に向けて―ファンの三階層モデルに基づく事例研究―」とのことで、ブラジルワールドカップを挟んで二回とったアンケートの内容を元に、サッカーのファンをどのように増やすかを検討した内容でした。まずは生活者を三層、コアファン、ライトファン、一般層にわけて、三層それぞれの特徴と違いを観察していらっしゃいます。人数比は5:40:55程度。

当然のごとく、コアファンはよくスタジアムで観戦し、サッカー情報に通じており、W杯前後で代表チームに対する思いも強い層です。(実際には、コアファンの定義の中に、スタジアムでの観戦経験回数や情報量の多さが入っているので、そのようになります。)他方、一般層はスタジアムには行かず、経験も国立競技場程度、また、サッカー観戦で多くのコアファンが感じる「感動」を知らない。応援歌も知らないし、スタジアムのと試合当日の独特な雰囲気も知らない。ところがライトファンはそれらをある程度知っている。では、ある程度知っているライト層よりも、何も知らない一般層の方が、「感動」に触れた際の振れ幅は大きいのでは無いか。そこで小野田先生は、一般層からライトファンを経てコアファンに至る道のりを辿るとした従来型マーケティングよりも、一般層からいきなりコアファンに至る道、ジャンプアップする道を提示なさいました。その際に着目されたのが中村慎太郎氏の著書「サポーターをめぐる冒険」であった。この著書は、ある日スタジアムに足を運んだ、そのときの感動から、一般層からライトファンを飛び越えて一気にコアファンに至った物語のようです。

上のリンク先の記事には、中村慎太郎氏の初スタジアム観戦当日の様子が綴られています。まとめると、次のようになると思います。

  • スタジアムの非日常空間感
  • 3万人規模の大観衆
  • 選手のレベルの高さ
  • ブーイングや合唱など、大人数で声を出すこと
  • 試合自体は盛り上がらなかった

また、その結果感じた感想もあります:

  • 前提知識が相当ないとスタジアムで観戦しても理解できないが、一般層にそれは無理。
  • 戦略や組織は難しい、個人のスーパープレーなら楽しみやすい。
  • 食べる、飲む、声を出す、歌う


つまり、おそらく小野田先生の主張は、ライトファンは既にサッカー観戦とは何かを知っていて、スタジアムの様子なども知っていて、それでもコアファンにならない人。一方で、一般層はスタジアムに足を運んだことがないため、スタジアムの非日常性やドキドキわくわく感を知らない人。よって、一般層からコアファンへの動線の方が太いのではないか、ということなのだろうと思いました。さらには、その動線がないために、現状のJリーグの低迷があるのではないかと。

確かに、そんな気がします。このご研究はこれからもっと実践的になさるそうですので、今後の面白い進展を期待したいと思います。

一方で、疑問点やギャップもいくつか見えました。(本当はご本人に直接申し上げればいいのですが、小野田先生は確かSFCご出身というネットネイティブな方ですから、このようなオープン化も興味深いのではないかと思いますが、いかがでしょうか。もちろん、第一義には時間が無くてお伺いできなかったからなのですが。)

一番気になったのは、スポーツ観戦嗜好を問うた設問の回答で、サッカーコアファンとライトファンでは他のスポーツの逆転があるのではないか、つまり、サッカーのコアファンは野球やその他のスポーツの観戦経験が少なく、ライトファンの方が大きくなるのでは無いかと思ったのですが、逆です。サッカーコアファンは、ライトファンよりも、そしてもちろん一般層よりも、スポーツ全般の観戦経験が高く出ます。つまり、コアファンはそもそもスポーツ観戦が好きで、そのうちの一つがサッカーであるという結果です。もちろん、人数がコアファン5%に対してライトファン40%ですから、ライトファンの方は多様な人が混ざっていてその結果アンダーに出ているとみることも出来ます。しかし、サッカーコアファンだけを取り出してみたら、実はスポーツ全般についてコアファンだった、とも読めるわけです。

それに対して、一般層はスポーツ観戦をほとんどしません。プロ野球はそれなりに観戦経験があるようですが(テレビ含なので、かなり広い)、その他のスポーツでも20%程度。高校野球やフィギュアスケートなど、誰でも見る程度しかありません。果たして、そういう人は本当にスタジアムに行ってもはまるのか?

もちろんマジョリティなので、そこからわずかの確率でもはまる人が出てくれば、5%であるコアファンには10倍の影響で効きますから、インパクトはありそうです。しかし、マーケティングコストがえらいかかりそう。CVRが1%あるかないかのところにどのようなプロモーションをかけるべきなのか。例えば、一般層を数十人集めてチケットプレゼントキャンペーンをしたとして、その中からコアファンが出現する可能性は非常に小さい。しかも、そうやってばらまいたチケットはおそらく多くが使われず、もしくはコアファンに転売され、コアファンからしてみればその分の座席が少なくなってしまう。ライトファン取り込み策は往々にしてコアファンの反発を招くものです。

また、スタジアム観戦へ結びつけてコアファンにしようという目論見に大きく欠けているものとして、競合の存在があります。スタジアム観戦は何と競合しているのか。それを考えると、実は非常に大きな敵と戦っていることが見えてきます。スタジアム観戦はそこそこの出費もありますが、それ以上に「時間」がかかります。試合が数時間、往復の旅程も合わせると半日程度、もしくはアフターファイブ一杯の時間をそこに落としますが、これは「一般層」には非常に難しい。例えば、仕事が忙しく帰宅が遅い人、子供のいる家庭、接客業の人、他に趣味があってそちらを優先する人、そういった様々な制約を持った人をどのようにサッカーに取り込もうとするのか。

実は、代表戦は盛り上がるのにJリーグは盛り上がらない理由がここにあります。人々は様々な制約があるので、年がら年中サッカー観戦に赴くことはできません。それができるのは一部の恵まれた人達(時間があったり、お金があったり、自由があったり)だけです。しかし代表戦は数年に一度のお祭りで、年に一度程度なら、4年に一度程度なら、と、時間とお金を割くことができます。頻度が少ないために、多くのライト〜一般層が参加できるのですね。だから、ワールドカップやオリンピックで盛り上がるのにJリーグは人が集まらない、というのは視点が間違っています。Jリーグが天井を打っているのは、既にキャパシティが飽和に達しているからだとみた方が良いのではないでしょうか。草の根では少年サッカーチームはたくさんありますし、代表戦の視聴率は非常に高いですし、注目できる人は既に注目しているのですね。

他方、うまくいっているチームとそうでないチームがあることは、うまくいっていないチームにとってまだまだ考える余地があることを示しています。「マネーボール」の例もあることですから、チームにお金がないことはあまり理由にはならないでしょう。サッカー界全体では概ね天井ですが、個々のチームレベルではまだまだ改善できるところがあると思います。その部分に、上述の中村慎太郎氏の著書のような考え方は適用できると思います。

そういえば、今年の春頃に見たニュース記事で面白かったものを思い出しました。
“すべてのジャンルはマニアが潰す”〜「買収後売り上げが激増 プロレス人気再燃を新日オーナー語る」ブシロード木谷高明社長 ニュースポストセブン

ライトファン〜一般層の取り込みには、こういったことも考慮すべきでしょう。スタジアムでは圧倒的多数のコアファンの中に、右も左もわからないライトファン〜一般層が紛れ込みます。いきおい、大音声の声援に囲まれたり、訳もわからず座席に文句を言われたり(立て!、坐れ!、どけろ!など)、みんなが持っている道具(タオルなど)を持っていなくて寂しい思いをしたり。コアファンは当たり前と思っていることがライトファン〜一般層には意外に思えることがたくさんあるようです。つまり、コンテクストの共有が出来ていないところで理不尽さを強要されることで、コアファンに転じる機会を失ってしまう。また、コアファンは自分たちの信じるスタイルが全てと思っているから、異文化が邪魔に見えたり、反目しているように見えてしまって、排除しようとする。それでは、せっかく興味を持ちはじめてくれたライトファン〜一般層を手放してしまいます。

それはスタジアム内だけに限らず、例えばチケット入手の段階でも起りえます。コアファンはどこに行けばどのような種類のチケットを手に入れられるかを熟知しており、最適に行動するのですが、ライトファン〜一般層はそんなことは知りません。そもそも前もってチケットを確保するという行動をしませんから、散歩の途中などに当日スタジアムに出向いて、右往左往させられたあげく売り切れだった、コアファンはどこに並べば買えるかを知っていますが、ライト〜一般層はそもそも有るのか無いのかすら知りません。

さあ、このような現状に対して、どうやって一般層をコアファンにしようとするのか。

そうなると、実は話はマーケティングリサーチを通り過ぎて、オペレーションズリサーチ、もしくはゲーム理論系の話になっているのです。コアファンをなだめつつ、ライトファン〜一般層の取り込みを図る。しかも費用対効果を押さえながら、と、そういう問題に変化しています。今回の小野田先生のご発表はまず問題を明らかにしてくださいましたが、その先にはオペレーションとしての困難が立ちふさがっていることがわかりました、と、私は解釈しました。

このような疑問点等もありつつ、スポーツマーケティングという、非常に複雑ななキャパシティ制約の効く系のマーケティングやマネジメントの話題を提供してくださったことを、小野田先生にはお礼申し上げます。また、小野田先生もおっしゃっていましたが、この課題はJリーグに限らず、最近では上述のブシロード社長のおっしゃるプロレスなどの興行でも同じ課題感があるでしょうし、最近はCD等が売れなくてライブ体験にシフトしつつある音楽系のコンサートでもぴったり当てはまるでしょう。近年までの、物体を所有し物質を消費する志向から、物語と感動を共有し経験を消費する新しい消費のスタイルへのシフトを表現する新しいモデルが作れたら、面白そうですね。

posted by jinya at 17:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月28日

Tokyo RegionにもAmazon Workspacesがやってきました

うちのコンサル部隊がそのうちレポートを書いてくれると思いますが、まずはユーザー目線で。

スペックは1CPUなり2CPUですので、ソーソーです。レスポンスはちょっと我慢すればいい程度。スタンダードやパフォーマンスより、それぞれの「プラス」にした方が、ウイルスバスターとOffice2010がバンドルされていますので、楽です。両方ともライセンスがあるからと思って、最初はプラスじゃない方を立ち上げてみたのですが、いちいちライセンスを確認してインストールする作業がバカバカしくなるくらいに簡単に立ち上がってくれるので、プラスを選択すべきでしょう。

いまのところまだ多少問題があるようで、Windows Updateを完了できなかったり、Excel2010で73セル以上をコピーペーストしようとすると「図が大きすぎます」というエラーが発生したりしていますが、そのうち修正されると思います。

ロンチには30分から1時間程度かかりました。しばらくコーヒーでも飲んでいましょう。

CPUが1個または2個しかないので、激しい計算は無理です。普段から4CPU乃至8CPUをローカルでぶん回している方には物足りないと思います。一方で、Office Suiteをちょろっと編集する程度でしたらこれで十分でしょう。

Workspaceをいくつか立ち上げては消ししたのですが、課金案内には、「最初の月の料金は、残りの日数に対する日割り計算になります。」とありますね。これは、1時間使って消しても残り日数分ってことでしょうか?今日が8月28日なので、残り4日=13%、StdPlusなら$62×4/31=$8。これがもし9/1だったらまるまる$62かかっちゃうのですが、それで合っています?

追記:違うようです。次の月になるまでは日時課金とのこと。
posted by jinya at 15:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月20日

ビッグデータの使い方

たまたま読んでいた雑誌(日経コンピュータ)に同意できる記事があったので。

2014.8.21号p083。アラン・ケイ氏が「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ。」とおっしゃったとのこと。それを引用のうえで、著者はこれをビッグデータ分析に対する警鐘とし、「過去のデータをいくらこねくり回したところで、未来のことなど正確にわからないのだから、そんなものに頼らずに自らの創造性で、自分が思い描く世界を現出させよ」と深読みしている。

私もさんざん、いわゆる分析屋としてビッグデータを触ってきましたけれど、確かにそうなんですね。過去の延長では未来はわからない。いや、凪の未来はわかるけれど、時化の未来はわからない。でも、凪の未来ならば今のトレンドをそのまま延ばすだけで事足りたりするので、じゃぁビッグデータって何の意味があるんですか?ってことも多くあります。

ビッグデータで将来を予測しようとすることは、実は大きな流れとしては間違い。小さな萌芽が自然に大きなムーブメントに育つためには、そこにシステムの非線形性が存在しなければならない。しかし、非線型のシステムはその挙動の予測が困難であり、わずかな観測のずれや偶然の摂動によって大きく揺らぎます。そして、その萌芽が1,000も10,000も100,000も…無数にある場合に、それらのうちのどれが競争に勝って生き残るのか、そんなことは神のみぞ知る。しかも、それらはすべて考えるプレーヤーがついているので、他の萌芽の挙動を見て自らの挙動を変えますから、これを予測できるという方がおかしい。

上述の記事には続きがあって、曰く「『商品化の判断基準は』と質問したら、答えは『私の勘』だった。」「『でもね、私ほどデータを読み込む人間は他にいないと思うよ』」と。おそらく、これはビッグデータを読むときの真理に近いと思います。

ビッグデータがビッグデータである一番の意味は、細部がトレンドに巻き込まれていないこと。サンプリングではどうしても主流以外の枝葉末節が抜け落ちてしまっているけれど、ビッグデータではそれが残っている。萌芽が萌芽のまま観測可能な状態で残っているのがビッグデータです。しかし、そのままでは萌芽が見えません。そこで重要となってくるのが、可視化です。

集計作業も可視化の一つ。しかし、そのときにただ漠然と可視化してはなりません。可視化から気づきを得ること、そしてその気づきから、可視化のスコープをどんどん小さくしていくこと。森を見ていたスコープから、森の微かな異変に気がつき、森から木へ、木から表皮へ、表皮から細胞へとスコープをミクロにしていくと、萌芽が見えてきます。微かにシナプスに触れた気づきを観測し、こんどはそこからスコープを横に展開します。同じ現象が他でも起こっていないか、森に異変を感じさせた現象はどのように広がっているのか。そうやって観測した事象から、漠然と感じていた気づきを仮説として明文化し、統計に想像力と行動力を混ぜて、未来を作っていくのが、ビッグデータの効果的な使い方です。

重要なことは、微かな気づきを確認することができる可視化。気づきは一瞬で消えてしまいますから、1分1秒と遅れるに連れて、その気づきは薄れていきます。あれ?おかしいな?と思った瞬間に確認できれば、気づきが発火して次の気づきに繋がり、データと脳のポジティブフィードバックがかかります。しかし、バッチで明日にならないと結果が出ませんというのでは、そのときにはもう気づきは雲散し、発火の連鎖が収束して、何も生まれなくなってしまいます。

未来を予測するためにビッグデータを使うのではなく、未来を予測するための脳を活性化する手段としてビッグデータを使う。これが正しい使い方です。

注:既に業務に組み込まれているトランザクション処理としてのビッグデータソリューションはこの話題には含んでいません。例えばPOS集計から売上予測モデルを通して在庫の最適化などが行われている場合、それがいくら膨大なデータを使っていたとしても、これをわざわざビッグデータとは言いません。また、例えばアマゾンのレコメンデーションのように、個々人の挙動からその人に買われる可能性の高い商品を予測するようなものも、いわゆる凪の分析ということで、ここで言うところの「時化の将来予測」には含んでいません。悪しからず。
posted by jinya at 15:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月14日

アマゾンのElastic MapReduceを単なるクラスタ計算機として使う

アマゾンAWSのEMR(Elastic MapReduce)を使って分散計算をするお話。MapReduceの機能を一切使わず、単なる分散クラスタとして使うだけなので、もったいないと言えばもったいないのですが、手軽で安価に利用できるのでお勧めです。

利用したケースは、ゴーガで提供している「高速道路データ提供サービス」のデータ作成です。ここでは料金生成プログラムをEMRで動かしてみました。現状では並列分散プラットホームのCondorを利用して、20core程度のクラスタに乗せて計算し、約3時間程度で完了しています。しかし、この計算は原理的に、高速道路網にループができるにつれてどんどん時間がかかるようになるので、近い将来、一日程度かかってしまうことになるかもしれません。

そこでEMRを利用し、お手軽に計算をスケールすることができれば、100並列でも1000並列でも好きなだけ利用して、速く計算を終わらせることができます。

もう一つ、今回のケースで考慮したのは、今動いているプログラムをそのまま利用することです。EMRに乗せるために全てをjavaで書き直すのが王道かもしれませんが、今問題なく動いているプログラムがあるのならそれをそのまま使いたい、という状況を想定し、C++のプログラムをそのまま利用してみました。

mapperの入力は二種類、Hadoop Streamingの標準入力からは料金計算対象のインターペアを、また、外部ファイル入力としてインターや道路の情報を入力します。標準入力は分散処理されるので、分割可能なデータをあてます。mapperの出力は入力されたインターペアの料金です。料金はインターペアについて一意ですので、reducerはreduceするものが何もありません。つまり、reducerは入力をスルーするだけです。一つのインターペアから料金を計算するまでの所要時間は十数秒から数分。ここが、経路が複雑になるにつれて長くなります。また、メモリも多く消費します。

今回、hadoop streamingに入れたmapperはシェルスクリプトで、その中では標準入力から与えられたインターペアについて、経路計算プログラムと料金計算プログラムの二つをパイプで連結したものを入れました。また、これらのプログラムはC++で書いたものをstaticでコンパイルしています。hadoop streamingの引数のfilesにはこれらの実行形式も入れて飛ばします。reducerはすることがないので、単に「cat」だけ書いたシェルスクリプトを使いました。これで全てです。

以上をEMRを利用して実施したところ、20coreのCondorクラスタ3時間程度の計算を、c3.xlargeを8台用意して58分で終了することができました。もちろん、16台ならば単純計算でその半分、32台なら15分程度で完了することになります。

注意点として、タイムアウトに気をつけるべきです。hadoop streamingは一定時間の入出力がないと落としてしまいますが、計算目的で使うときは一回の処理(今回の場合は一つのインターペア、つまり、入力の1行に対する計算)が長いとデフォルトのタイムアウト(10分)を超えてしまいます。そこでjobconfのmapred.task.timeoutを使ってタイムアウトを延ばしておきます。

もう一つ、クラスタ運用について。気をつけるべきは課金単位とクラスタの停止です。

課金について、EMRの計算ノードに対する課金は一時間単位であることに気をつけたいです。例えば、一台当たり1000分かかる計算をしたとしましょう。並列数を100とすれば、クラスタの割り当てなどの時間を除けば一つのクラスタの所要時間が10分程度になるはずです。しかし、課金は一台あたり1時間単位で行われるので、たとえ10分しか利用していなくても1時間分の課金がされます。つまり、100時間=100台×1hで課せられます。(といってももともと安いので、たいした額にはなりません。例えばm1.smallを100台使っていれば6ドル、c3.xlargeなら25ドルです。)逆に言うと、1時間弱で終了するように計算ノード数をコントローすると、もっとも効率的に計算機を利用できることになります。上のサンプルでは58分で終わったので、非常にコストパフォーマンスよく実施できました。一方で、数十台立ち上げたところでエラーで落ちたりすると、立ち上げた台数×1時間分の料金が吹っ飛びます。例え数ドルでももったいないことには違いありませんので、台数を一気に増やす際は慎重に。

クラスタの停止について。分散数を多くする場合は、計算が終わった後に自動的にterminateするように設定しておきたいです。そうしないと、計算結果の確認を忘れて一晩寝かしてしまったら大変なことになります。100台をつけっぱなしで一晩寝かせると、数万円が吹っ飛びます。(それでも数万円で済むところが価格破壊ですが。)

ということで、EMRを利用するとお手軽に数十台の並列計算ができて便利です、というお話でした。
posted by jinya at 19:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月04日

【備忘録】Fedora20でCondorを動かすにはSELinuxの設定が必要

手元にあったマシンにFedora20を入れてからCondorを動かすまでの備忘録。気がつかなくてえらい時間を食ったので。

まずFedora20をまっさらからインストール。インストール時のオプションで開発ツールや管理ツールを入れておくと楽。それをやらないと、gccやmakeなどが入っていなくてビックリする。また、このときにホスト名を決めておく。また、ネットワークは固定IPにしておく。(後述)

OSのインストールが終わったらcondorのインストール。suでyum install condorでOK。

動かす前に設定しておくのは次:

1) /etc/hosts に自分のホスト名を書いておく。初期状態だとlocalhostしか書かれていないので、上で決めたIPアドレスとホスト名を書いておく。condorは固定IPじゃないと動かない(らしい)。

2) SELinuxの設定をちゃんとする。しておかないと、condorさんがファイルを読み書きできず、ジョブのサブミットが上手くいかない。どうするかはそれぞれのポリシーによるのでがんばってください。SELinuxが動いているままでジョブサブミットをしてみれば、SELinuxのアラートが出るので、それに一個ずつ対処していけばいい。面倒だったらdisableするのも手ですが、セキュリティが下がるのでお勧めしません。

これでservice condor start でcondorが動きます。ps aux | grep "condor" で五つほどプロセスが出てくればOK。

――――

SELinuxの設定をしなければいけないのを忘れていて、結構悩みました。たぶん次回までにはまた忘れるので、ここに書いておこうと思いました。ちなみにEC2のアマゾンイメージなんかだとどうなんでしょうね。
posted by jinya at 11:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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